高校見聞録(仮)

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言葉  

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せみです。



20120218.jpg


伝えたい言葉は伝えられない。


言葉というのはつくづく不自由なものだと感じる。


言葉というのは、自己を表現するためのツールだ。
しかしそれはツールである以上、それ自体に能力の限界がある。


どうしても、生きた「気持ち」というのは、言葉にした瞬間死んでしまうように思える。


例えば、同じ「好き」と発言した二人がいたとしても、それは確かに「恋」としての好きであっても、両者が同じ思い、同じ深さ、同じ感情であるはずがない。
なぜそんなズレが生じるのかと言うと、「恋」というのもまた言葉だからだ。



その言葉が一般的なものであればあるほど、僕たちの心の繊細な動きは、決まり切った形式に当てはめられ、揺れ動く感情は一点に安定させられてしまう。

本当は自由だったはずの気持ちが、知らず知らずのうちに言葉によって動きを阻害されてしまう。



本当に伝えたいことを伝えるのはすごく難しい。

自分の中に渦巻く“判別不可能なモノ”を、なんとなく一番近いものに当てはめて妥協するのが「言葉」だ。僕の持っている生きた感情、本当の思いは、声に出したり文章に綴ったりすることで、少し形の違うケースに無理矢理押し込めるように、変形し、調整され、わずかなズレを生む。


それがさらに相手に伝わる時に誤差を生じるのだから、いったい僕からあなたへ“判別不可能なモノ”を伝えるのにどれだけの差異があるのかと思うと、ゾッとする。


結局、一番の意思疎通のツールは、口なんかではなく、それこそ心と心なのかもしれない。

いつか、僕の小さな小さな感情と言葉のズレを感じ取ってくれる人と一緒になれたらと願ってやまない。



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コメント

なるほど

URL | ろな #QMnOeBKU
2012/02/18 09:22 | edit

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